トーヤの創作メモ

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【創作小説】窓際ヒーローズ2-1上

 広い道路を挟んで、石造りの荘厳な町並みが両側にそびえ立っていた。道沿いに咲く花、燦然と輝く日に似合わず、乾燥で引き攣る眼球をどこに向けても街は血反吐で汚れている。あたりは火薬の匂い。路面に折り重なる人間たち。一人は頭を伏せて手を投げ出し、うつ伏せにねむっていた。その腰のあたりには、シャツの首元を紅く染めた少女が折り重なって倒れている。最後のひとりはスカートの裾から無造作に、青白い脚をのばしている――女だ。黄ばんだスリッパが転がる足元で、三人はみな死んでいる。
 妖しく光る血が蜘蛛の巣のように張り付くコンクリートの地面、無傷のまま立ち、肉塊を見下ろす。暑さが自分を馬鹿にしたんだろう。汗が頬を伝うのを感じながら、渇きのまま少女の死体の服を剥ぎ取った。先ほど息の根を止めたばかりだ、傷口はまだ美しい。柘榴のようにぱっくり割れた腹をぐいと左右に開くと、滑る指が臓物と擦れ、ぬちゃぬちゃと淫猥な音を立てた。
 鉄の匂いが鼻をつく。こんなところで生き血を飲めば病にでもやられるかもしれないが、それでも欲求には抗えなかった。唇を寄せる。鮮血をひとくち飲み込む。塩と泥の味が舌先を犯し、唾と溶け合って口の中に広がる。涙に似た味だった。
 歩き続けよう。あと少し足を伸ばせば大使館だ。ざらついた舌で唇を拭う。
 ――ゆめゆめ忘れるな。どんな陰鬱な未来物語を描いても、眼前に広がる悲惨な現実には敵わないことを。折り重なる死体こそ、自分の罪そのものだ。

 「ううう~!」
 ――シュヒのうめき声。服とシーツから漂う、心地よく慣れない匂いに包まれながらツイヴェルンは目を覚ます。深く息をつき、まだ覚醒しきっていない頭のままベッドから身を起こした。分厚い黒のカーテンから冬の朝日が漏れている。
 機構都市のスタンダードなのだろう、シュヒのワンルームにはちり一つ落ちていない。家具はテーブル、ソファ、本棚、ごくごく質素で、部屋の広さがより強調される。本棚の中には伏せられた写真立てが一つ。壁際に置かれた水槽の中はウーパールーパーが這って歩いていた。ぬめりのある体と顔は気持ち悪いが愛嬌のあるマヌケさで、シュヒと同じだ、と彼女は思った。ソファに眠る本人は悪夢でも見ているのかうんうんうなされながら眠っている。
 静かにシャワールームに移動し、男物のTシャツとハーフパンツを脱ぎ捨て、パンツに指をかけて裸になった。ノズルから吐き出される湯が柔らかな乳房を滑るのを感じ、ツイヴェルンは意せず目を細めた。しっとりと濡れた髪が背中に張り付く。
 昨夜マーケット街で夕食をすませて部屋に入ってからは、シュヒは挙動不審なままうろついて、「部屋のものは何があっても動かさないでね!」と偏執的にツイヴェルンに言いつけて早々にソファで眠りについてしまった。ツイヴェルンにベッドを明け渡したのがせめてもの思いやりだろうか。
 一人きりの病室で物思いに耽る時間で気づいたことだが、ツイヴェルンは孤独が好きだった。彼女は、精神を研ぎ澄ますようなある種の沈黙は多弁よりも生産的だと思っている。けれどなぜか今は一人きりの時間が痛くて、不思議と虚無に苛まれていた。
 シャワーを止めて浴室を出た。やっと起き出したらしいシュヒが朝食の用意をしている音が聞こえたので、おはようを言いたくて、ツイヴェルンはなにも考えずキッチンに向かった。寝癖頭の彼は人懐っこい笑顔で振り向き、
 「ツイヴェルン、おは……って! 服を着て!」
 「おはよう。たかが生殖器の差をなぜ気にする? 乳房など脂肪塊だ」
 「あっ、まあそうか……いや違う! とにかく何か服を!」
 勢いに飲まれそうになったものの、シュヒは真っ赤になって否定した。シュヒが頭を抱えるうちツイヴェルンは奥に引っ込んで、クロゼットから別のジャージをひっつかんだ。
 「そういえばシュヒさん、昨夜は非常にうなされていた」
 「ああ、嫌な記憶を思い出しちゃって……気にしないで」
 シュヒは言葉に詰まってから目を伏せた。そして、
 「夜中とかシャワー浴びてるときに僕が『ううっ! ああー! ダメだダメだ!』とか叫んでても、嫌な記憶がフラッシュバックしてるだけだから気にしないでね!」
 「シュヒさんの人生は大丈夫か?」
 「……真顔で聞かれると確信持てなくなるね?」
 シュヒは耳に聴覚補正機をはめ込んだ。それと同時に、ツイヴェルンのお腹がぐうとマヌケな音を立てる。
 「わたしはおなかがすいた」
 「うん。朝食にするよ」
 シュヒは冷蔵庫の中からハム、ピクルスの入ったタッパーとチーズを取り出した。ツイヴェルンがハムの塊をそのまま齧ろうとするので慌てて止める。
 銀色のフィルムを慎重に開くと、分厚い四角形のチーズ塊が芳醇な薫りと共に現れた。シュヒは傍らのチーズスライサーを手に取り、下腕に力を込めて滑らかな表面に刃を押し付けた。単純に噛み合った刃から薄い黄色が吐き出される。無表情、しかしやや前のめりになってその様子に見入るツイヴェルン。シュヒは顔を上げて笑いかけた。
 「連邦ではこういうことしなかったの?」
 「やっていたかも、しれない」
 かもしれない――ツイヴェルンは、丹田を穿たれたような気持ちになった。基本的な社会の知識や言葉はばっちり、動作記憶も忘れてはいない。だが、こんな時彼女は、体の中心がぽっかり抜け落ちたような妙な哀愁を覚える。
 一方のシュヒはバケットからパンを二枚取り出して、バターたっぷりのサンドイッチに仕立ててツイヴェルンの前に置いた。決して目を合わせようとしないシュヒに、ツイヴェルンの胸はちくちく傷んだ。
 そこへチャイムが鳴った。シュヒが迎え入れたのはリロイ。彼女は可愛らしいデザインのポンチョに小柄な身を包み、おはようございます! と元気よく挨拶した。朝食は済ませてきたらしい。
 「おはようリロイ。早起きだね」
 「ええ、通い妻を今日から始めましたから! むー、おねーさん、センパイとえっちっちーなことしたらダメ~なんですからね……って、今おねーさんが着てるのセンパイのお洋服じゃないですかっ!? センパイおねーさんの下着とかちゃんと買いました?」
 「か、買ってない……ううう、無計画でした……だからレトルトさんに僕じゃ無理って言ったのに……」
 「男性と女性じゃ必要なものも違いますからね、おねーさんから言い出さない限りはしょうがないですよ。とりあえず一週間だけでも頑張りましょう、その後は機構都市が面倒を見てくれるはずです」
 リロイは両手でガッツポーズを作った。その言葉を聞いて、シュヒは真顔になる。
 「そうだよリロイ。ツイヴェルンは一週間後に国預かりになるだろうし、連邦に送還されたら今の国際情勢じゃもう二度と会えないよね。せっかく一緒に住むことになったんだから、みんなで思い出づくりできたらいいと思わない?」
 「なるほど、さすがセンパイですっ!」
 「う、うん……。リロイがよければ、今日は一緒に買い出しに出かけて、夕ごはん一緒に食べようよ」
 「もちろんですっ! ちょうどクリスマスですしね。おねーさん! 機構都市のクリスマス、見に行きませんか?」
 ツイヴェルンはこくっと頷いた。チーズが美味しい。

 機構都市は最先端の技術を扱っているので、中心部の立ち入りには市民認証が必要だが、低階層外縁区域はほかの州や他国の人間にも自由開放されており、なかば観光地の様相だ。彼ら彼女らは機構都市を訪れてその技術に触れ、世界においての合衆国の優越を必死に確認して、満足感を抱きながら帰っていく。移民の国において統制を取るためには、国という共同体に憧れを抱かせるのがよいとさんざ言われている。この都市はそうした愛国心の養成場としても機能していた。
 そんなわけでかき入れ時のクリスマス、メインストリートは人でごった返していた。テーマパークの土産がパーティグッズや微妙に不味い菓子なら、機構都市土産は特別開発の電化製品に限る。機構都市にとっては、すでに時代遅れの製品を市内相手の二倍の値段で売りつけられるため、これほどうまい話もない。
 「センパイったら、まーた黒ずくめの服なんですかー?」
 「だって……ファッションセンスないから何着たらいいかわからないんだよ。黒の無地だったらとりあえずハズレはないと思って……」
 シュヒは真っ黒のセーターにダウンジャケット、ツイヴェルンは女性物のコートとブーツをまとっていた。
 「犯罪者度がアップするのでやめた方がいいですよ。ボクとのデートでもう何度も誤認逮捕されてるじゃないですか、また逮捕されたいんですか! ついでに今日、センパイの新しい服も買いましょう」
 「う~ん、そんなに僕の顔ってひどいかなぁ……」
 シュヒは首を捻る。そして路地に居る数人の男性を指差し、
 「あ、ホラあの人たちも皆黒ずくめだよ。スタンダードだ」
 「あれはサバゲーとかそういう集まりの人でしょう」
 店の無音ドアを抜けて、三人は外の冷気に包まれた。吐く息がつんと白く染まるのを眺めていたツイヴェルンは、ふいに視界に雪が混じるのを見た。そのまま蒼鉛色の空を見上げる。
 「ゆき」
 「わ~っ、ホワイトクリスマス! ボク、初めてですっ! ……ああ、おねーさんは知りませんでしたっけ。ボクの出身は南半球なので、クリスマスはいつも夏なんですよ」
 リロイのセリフに、ツイヴェルンの胸はちくりと痛んだ。
 一面雪景色の中でのクリスマスは連邦にもあるはずだが、脳はまっさら。寄る辺も郷愁もないツイヴェルンには、デラシネの孤独があるだけだ。
 ……わたしは帰る場所が見つからなくて寂しかったのか。
 今更探し当てた感情に呆然としていると、横を歩くシュヒがふと、あの笑みを投げかける。リロイと何かの計画を話していたらしかった。
 「ツイヴェルン、向こうのお菓子店を見に行こう!」
 「だ~か~ら~センパイっ、レトルトさんにクリスマスプレゼントなんていらないですよう、何が欲しいとか聞いたら『女性にピンヒールで踏まれたい』とか言い出す人なんですから! レトルトさんはボクにいじわるするからキラ~イですっ!」
 「えぇ、でも何かあったほうがいいよ。僕ら4人でチームなんだから!」
 「……よにん……」
 その言葉に、ツイヴェルンの心はわずかに溶け落ちる。すると、シュヒがツイヴェルンの肩をぽんと叩いた。耳に唇を寄せ、
 「あのね、――ツイヴェルン――」

 クリスマスに沸き立つ街は、海洋国に居た頃とそう変わらない。
耳に何かを囁く様、シュヒとツイヴェルンが連れ立って歩くさまを見て、リロイは叫びたい気持ちを必死でこらえていた。はぐれないように繋いだ骨ばった手は冷たい。シュヒさんの隣はボクなんです、なんでぽっと出のおねーさんにとられなきゃいけないんです!
 一方のツイヴェルンは素知らぬ顔だ。不意に立ち止まり、ミリタリーアイテムショップを指差した。
 「シュヒさん。わたしもクリスマスプレゼント、たのみたい。AK」
 「なんで兵器!? 戦場のメリークリスマスでもおっ始めるの!?」
 「問題ない。イミテーションだから音しか出ない玩具。武器を持ちのはよいこと、力こそパワー。駄目か」
 国務警察という立場に立ったからにはいかなる場合でも治安維持に務めなければならないというのが現国務警察長官の方針で、シュヒやリロイにさえ武器の携行が推奨されている。実際リロイも今服に刃物を仕込んでいるが、ツイヴェルンの身体能力に武器は必要なのだろうか。
 「うぅ〜ん……ツイヴェルンがそれでいいならいいよ。でも、これってちょっと高いんじゃないかな……?」
 「なんだお金のことですか! ならボクに任せてください」
 ショーウインドウの値札パネルにシュヒが怯んでいると、リロイはなんなくクレジットカードを提示してみせた。
 「ボクはお小遣いもらい放題なんです!」
 「くうっ、ブルジョワ……! いいなあ~僕も100万ドルくらい……クジとかで当たらないかな……」
 「煩悩のスケールが大きすぎませんか!? センパイのことですし、なにか新発明でもすればいいのでは?」
 「う~ん、色々面倒なんだよ。僕が勝手に研究進めるのは許されてなくて、レトルトさんに研究計画書を提出して、お上に内容が承認されないとものづくりしちゃいけないんだ」
 不意にシュヒの手がほどかれた。あ、と言う暇すらなく、
 「まあ、とにかくお金は大丈夫だよ。リロイ、すぐに帰ってくるから、ちょっとここで待っててね!」
 それだけ言って、ツイヴェルンとシュヒは連れ立って人混みに紛れてしまった。雪を孕んだ街路樹により掛かり、ぷくっと頬をふくらます。
今宵はクリスマス。世界はさまざまな事件を乗り越えて、それぞれの歴史を作ってきたが、聖なる日だけは何世紀も不変だ。シュヒが生まれてからリロイが死ぬまで、きっとこの日は宗教的商業的な意味を失うことはない。永遠により掛かる時人は安らぎを得る、それはリロイとて同じだ。リロイの普段は両親とディナーを囲んでからの教会のミサだが、今年は信仰心の薄いシュヒと過ごすため、雪の舞うストリートに立っている。
 大好きなシュヒと一緒の外出だ。彼の存在は、リロイにとっては神に等しい。胸が高鳴るはずなのに、彼女の心はなんだかむず痒い。あのおねーさんのせいですと思いつつも、“憎しみは与えた分だけ返ってくるが、愛情はそうはいかない“と思っている分、彼女に当たるわけにもいかない。いじらしかった。
 「せんぱい、まだですか……」
 傍の店のスピーカーから流れるのは、クライスラーの愛の喜び。少し前のヴァイオリンレッスンの課題曲だった。左肘は内向きに、右腕を浮かせて。リロイは、ヴァイオリンを弾くときに右手の小指を突っ張らせてしまう悪い癖がある。ついでに、正確に弾こうとするあまり弦を強く押さえすぎる癖まであるから、湿り気ですぐ弦をだめにして張替えするはめになるし(D弦で顕著だ)、長時間弾いていると指の頭にくっきりと弦の跡がついてじんじんしてしょうがない。今はそんなふうに、心が熱を持ったいやな気分だった。音楽が一段落し、切り替わったのはタイスの瞑想曲。魔性の女の死を悼む曲。これももっと小さい頃コンクールのために弾いた、持ち前の癖でフラジオレットに失敗して、舞台裏で母に縋って大泣きした。結果は銀賞。ううん……。
 リロイは、誰もいないとつい粘着質な懐かしさに身を落としてしまう。嫌な記憶だけを大切に撫でる自分がきらいだった。そして音楽の中、リロイはまたもや置いてけぼりだ……あ! シュヒさん!
 「犯罪者みたいな顔のサンタなんて笑えるけど、メリークリスマス。リロイ!」
 シュヒがおもむろにリロイに手渡したのは、上品に包装された十センチほどの包みだった。彼女は一瞬言葉を失う。
 「あのう、開けてもいいですか」
 「うん。君の瞳によく似合うと思って……」
 蓋を開く。中に入っていたのは、小さな小さなエメラルドのついた、ネックレスが丁寧に入っていた。箱を傾ける度、緑は光の映し方を変えてキラキラ光る。
 シュヒとツイヴェルンのあれは……芝居か! まったく幼い手に乗せられた!
 リロイはぱあっと顔を輝かせてシュヒに抱きついた。
 「センパイにこんな素敵なプレゼントいただけて、とーっても嬉しいですっ! ぜーったい大切にします!」
 リロイはひまわりのように明るく快活な笑みを浮かべてみせた。シュヒはツイヴェルンに目配せする。白髪の彼女は、少しだけ唇をほころばせて笑ったが――

 「伏せろ!」

 誰かが叫んだ。次の瞬間、空気を切り裂くように銃声が通りに鳴り響く。
 「これは……!?」

 

ありがとうございました!

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