トーヤの創作メモ

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【創作小説】窓際ヒーローズ2-1(下)


 音からして、発砲は恐らくさっきの衣料品店の前あたりだろう。シュヒの敏感な鼻は硝煙の薫りに包まれ、その中心から這い出すように、人間達が一斉に流れてくる。浮き立っていた通りは一瞬でパニックに陥った。
 シュヒは一筋の迷いもなく人の波に逆行し、女衆はあわててその背を追った。
 匂いの中心。黒い服をまとった人間が数人、旧式の武器を携えて立っていた。さっきリロイと話題にしていた集団だろう。中肉中背の男がラッパのような物体――旧式の拡声器を口元にあてて、
 「メリー・クリスマス、ああ、ハッピーホリデイなんだっけか? 偽善者ぶったクソ野郎どもにクリスマスプレゼントを持ってきたぜ」
 やっとシュヒに追いついたリロイはパネルを展開して通信状況を確認し、ツイヴェルンはマーケットの構造を思い返しながら脱出経路を思案している。男はふんぞり返って、
 「俺の名前はストックトン! 俺は数年前業界の技術革新でリストラ食らって、それからは家族3人で苦しい生活を強いられてきた。生きていくために罪を犯し、機構都市の迅速裁判で有罪執行猶予食らったが、国務警察本部から帰ったら妻と娘が消えてたんだ! 郊外に住む俺は搾取され使い捨てられ、あげく生活のために犯した犯罪で生活を失ってるのに、お前らはこんなマーケットで楽しく豪遊だ!? どんな皮肉だ、許せねぇ……」
ストックトンの後ろに控える黒服たちから同調の声が上がる。同じような境遇の人間が決起したのだろうか。
 「というわけで、今ここにいるお前らには死んでもらう!」
 「えぇ!? 跳躍が過ぎる! すごい理不尽!!」
 叫んでから、シュヒはおもむろに目を細める。名乗る男の禿頭には見覚えがあった。こいつは――ツイヴェルンを見つけた夜の!
 「すみませーん! 君、この前のわんこ監禁犯さんじゃない!?」
 「あ゛……!? あ! 思い出したぞテメェ、あの時のウゼエ警官か! よくも俺の金を燃やしやがったな!」
 「ううう怒ってたんですね……! 示威とはいえ、僕もあれはちょっとやりすぎちゃったなって反省してて……」
 言いながらシュヒは、ポケットから紙幣を取り出した。
 「はい、現ナマ10ドル。君に返すね!」
 シュヒは爽やかに笑って紙幣を差し出す。ストックトンは眉を吊り上げて、
 「ナメてんのかテメェはあああああああああああ!?」
 「ええっ、何で怒るんです!? お金返したのに! 心から謝ったのに!」
 シュヒは面食らって叫ぶが、傍らのリロイはジト目でシュヒを見やる。味方もマヌケなら敵もマヌケだった。
 「センパイ、それは流石におちょくってると見られてもしょうがないんじゃないと思います……」
 「リロイまで! どうして!? どうして皆そんなに当たり前のように空気が読めるの!?」
 「黙れ、この顔面犯罪者野郎が! ものども、やっちまえ!」
 ストックトンが右手を上げると、黒ずくめの男たちが雄叫びを上げながら続く。さいわい、周囲の客はすっかり怯えて逃げ出し、店はそそくさとシャッターを下ろしてしまった。この急場慣れは技術力のなせる技かそれとも長年の銃社会の賜物か。
 シュヒは怯みつつも、低い声で、
 「ツイヴェルン、あの街灯の横にセンサーカメラが見えるだろ? 表情・拍動・脈の速さや声の抑揚などからその場の人間の心理状態を判定してて、不快指数が一定値を超えると異常状態と認識されて国務警察が出動する――そうでなくても誰かが通報してる、もうすぐ警察が来るだろう。その間まで僕らで持ち堪えよう!」
 「問題ない。見かけすごい強く悪いが、素人は何人集まっても素人。ひたすら殴り殺してしまえば終わる」
 「雑な上に外道だ!」
 シュヒの突っ込みを背にしながらツイヴェルンは進み出る。手指を軽く鳴らして、
 「みなさんに、三つの残念なニュースをしなければならない。ひとつめ、わたしは体を鍛えている」
 「はぁ? それがどうした」
 言葉を無視してツイヴェルンは地を蹴って走り、大きく飛び上がる。
 「ふたつめ。わたしはたぶん、とても強い!」
 一瞬で距離を詰めた。地に足をつけたツイヴェルンは、アッパーカットを目の前の男の頭に打ち込み、無様によろめく腹を爪先で穿つ。あっけなくうつ伏せに倒れた肩の上に、ブーツに包まれた片足を置いた。僅かにひるんだ敵に向け、ツイヴェルンは言い放った。ヘッドショットを正確に決める特殊隊員ならまだしも、銃というものは体幹がなってない素人が撃つと身体を痛めるくらいだ。ツイヴェルンに恐怖はない。
 「三つ目。わたしは、ここにいる誰よりも強い」
 あまりに自信に溢れた態度に、いくらかは、三人組のうちもっとも小柄なリロイに標的を変えたらしい。しかし彼女は、袖に忍ばせていたナイフを翻し、
 「――弱くて補佐課が務まりますか」
 右腕を大きく振り上げ袈裟懸け、迫る足払いをかける。後ろから敵を背負い投げ、左手から来た敵は腹に拳を撃ち抜き蹴り飛ばす。
 「この、ガキ……! 人間の身体能力じゃねぇだろ!」
 「ふふん、恋する乙女は地上最強なんですよ!」
 満足気に言って、リロイは小さな胸をいっぱいに張った。そして、背中合わせに立つツイヴェルンにきりっとした笑みを投げた。

 あらかた片付いたころになって、シュヒはストックトンと相対した。テロリストを撃つのではなく、その往く先を撃って移動を止める。それが、ひたすらに殺しを厭うシュヒの戦い方らしい。
 ……だが綺麗事だぜ、窓際の奇才……! ストックトンは心中で叫ぶ。技術力に差はあろう。しかしストックトンは葛藤も含め『何も持たぬ者』。どんな対決であろうと我武者羅に立ち向かう者が勝つのが常だ。
 ストックトンは一気に間合いを詰め、固く握った拳を突き出してくる。腕を伸ばしてシュヒの頬を狙う一撃だ。
速さがある。
 しかし、故に軽い。
 軌道も単純でフェイントも考えにくい。ならば受けてしまえ。シュヒは男の拳を両手で受け止めた。その勢いを殺すため後方へ跳躍。男の拳を右手できつく握りしめる。そして脱臼を狙って自分の手ごと、スナップをつけて下へ振り下ろした。スキンヘッドがバランスを崩してよろけると、その後頭部を踏み台としてジャンプする。そのまま男の向こう側に飛び越し、後頭部と無防備な背中を狙って一撃――!
 「終わりだよ」
 やめろ、やめてくれ、その瞳は。過呼吸を起こしそうになりながら、ストックトンは肩越しに不気味な金の瞳を覗いた。
 『おとうさん』
 娘のあどけない声が、ストックトンの耳の中で反響する。ストックトンの肩は小刻みに震えていた。
 「……俺たちは……ただ幸せになりたいだけなんだ……」
 「誰もがそうだよ」
 シュヒはストックトンの丸まった背中に声をかける。
 「……ずっと、工場で働いていられたらよかったのに、こんな罪まで犯して。妻と娘と、あの幸せな家庭があればそれでよかったのに……」
 その言葉に、シュヒは僅かに目を見開いた。死体のように虚ろな雰囲気で、
 「どんな罪であれ、心からの悔いがあればきっと贖えるよ。神様はきっと、ひとを裁くためじゃなくひとを救うために来てくれるはずさ」
 シュヒがストックトンに投げた言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。力なくうなだれたストックトンにリロイが駆け寄り、その身体を適当に縛り上げて路端に放った。
 「ツイヴェルン……あの人は、僕がいなければディスプレイの生産工場で働いて、家族と幸せに過ごしていたんだろうか。イノベーションは世界を大きく変える。僕が何か新しい技術を生み出すたび、その分野で活躍していた人はみんな職を追われるんだ」
 「あたりまえ。そうやって社会は進化した」
 「でも幸せを破壊された人はみんな僕を憎むよ。僕は接点もない人に好かれようが嫌われようが構わないけど、好意からの行為が誰かを傷つけていると思うと……つらいなぁ……」
シュヒはうつむいた。近くの店が、あたりを伺いながらシャッターを上げる機械音が響いていた。その静寂を打ち破ってやって来た声は、シュヒを指差して、
 「連絡どおりの人間がいました! 中肉中背、全身黒い服の凶悪な人相の男性、テロ未遂の首謀者です! 人質らしき女性と子どもも確認しました」
 「えっ……?」
 シュヒはぎこちない笑みを浮かべて固まった。リロイは怯えてシュヒに抱きつくが、近づいてきた警察官にやすやす引き剥がされてしまった。ツイヴェルンがおずおずと、
 「ちがう、あの人は悪ない」
 「落ち着いてください、お嬢さんたち。人質が犯人を庇うのは珍しいことじゃない、ストックホルム症候群というものがあって」
 「いえ、そもそもあの人は犯人ではないんです……!」
 リロイの懸命な弁解も虚しく、シュヒは既に屈強な警察官に囲まれていた。両腕をがっちりとホールドされて手錠をかけられ、シュヒは泣き出した。
 「僕はテロリストじゃない! 誤解だ! 僕の職業は警察官なんだ! 痛ッ、やめて! 離してえええええ!!」
 「冗談よせ! そんな凶悪なツラで小さい子連れて、どう見ても逮捕される側じゃねぇか!」
 「そ、そんなぁ……まあそうだけど……見た目で人を判断するなんてひどすぎる……! この国の警察は! 腐ってる!!」
 ツイヴェルンとリロイは、泣き喚きながら連行されていくシュヒを呆然と眺めることしかできなかった。
 こんなシュヒは、再来年三十歳になる。

 ワンルームの中央、立体投影されたツリーの足元にプレゼントが並ぶ。イザベラ=ロウ、マーキス&トリーシャ。これはわかりやすい、両親と妹の分。ニコラス=リー宛のメッセージカード――このデジタル全盛期にわざわざ紙でやり取りする間柄だ、きっとシュヒと同じようにパネルにうんざりしている人間、つまりは科学者仲間だろうといい加減な目星をつける。学生時代はアジア人コミュニティに属していたのか、用意されたプレゼントには中国系の名前が多かった。
 テーブルには、三人分よりは僅かに多く、普段より豪勢な夕食が並んでいた。シュヒが料理を不得手とするぶんリロイの腕と財布が張り切った結果である。
 フルサイズのターキーは流石に値も張り大すぎるので、代わりにローストビーフとクランベリソース。マッシュポテトと茹でインゲン、マグにはエッグ・ノッグ、林檎をふんだんに使ったパイからは湯気が立ち上っている。クリスマスにはつきもののクッキーもガラスの深皿に山盛りだ。昨日リロイが焼いてきたものを持ってきたらしい。
そんなクリスマス全開の部屋で、ツイヴェルンはおもむろに口を開いた。
 「シュヒは天才にみえない。どう見ても間抜け」
 職場もとい国務警察本部に連行されたシュヒは、データ照合から身の潔白を証明され、なんとか開放された。誤認逮捕もここまで来ると嫌がらせだ。リロイはコップにジンジャーエールを注ぎつつ、同調して頷く。
 「そうですね。センパイを形容するときの『頭がいい』は、ペーパーテストで点を取れることや口先で他人をやり込めるのが上手いこと、謀略を巡らすのが得意なことなんかとはまるで違うのです」
 ううう、と小さくうめいてシュヒが縮こまる。
 「センパイが持つのは、子供を超えた発想力と大人を超えた技術力。……ボクには理解が及びません」
 リロイがぽつりと呟いた。それを傍らで聞くシュヒは難しい顔をしていたが、レトルトよろしく腕組みをして切り出した。
 「理解が及ばない? なら僕の見てる世界をちょっとだけ教えてあげよう! まず、耳の穴にがっと力を入れて、きんと澄ましてみて――蟻の這う音も逃さないくらい、隅々まで気を巡らして、次に、周りの人がすべて能面を被ってると想像して、みんなの呼吸や足の組み方、挙動一つから観客のインテンションを推測してご機嫌取りのコントをしよう、過剰に芝居がかったお喋りをするんだ、内容は自己紹介以外のものじゃないとダメだよ、お天気とか朝食中の家族の機嫌とか、どうでもよくって当たり障りがなくて終わりの見えてる話を……嘲笑われるのが怖いんだ、君たちのジョークセンスは能面のお客の前では通用しない、なぜならマントの下はみんなNASAに秘匿されたカイパーベルト天体出身のこじゃれた宇宙人だから。いくらかは人間もいるけどそいつらは僕らと同じコメディアンか泣き真似をするだけのにせ人間だ。ちっとも面白かないや、嘲笑われるのが怖いよ、最後の審判の日に浮かぶ雲の形の話なんてしちゃだめだし、双子素数もだめだ、君の好きな話は絶対にしちゃいけないよ酸素濃度が薄くなって気温が下がってしまうし、地盤沈下する。婚約数とか社交数とか友愛数の話をお構い無しにおっぱじめる男は間違いなく社交的でも友愛的でもないし婚約には向いてないんだもの……話し中はテープがくるくる回る時みたくならないようにとにかく能面カイパーベルト人のことを考えよう、妊娠した時女の子が生まれる確率は51%らしいけど能面の下は99.99%嘲笑だからせめてせめてそれをただの笑いに変えられるように……あ! 言い忘れた。想像の中では、この部屋の壁紙はジョアン・ミロの絵に張り替えておいてね。そのほうが粋だ」
 シュヒが長口上を終えたあとは、プリアンブルの水槽フィルターの駆動音だけがリビングを彩っていた。リロイは表情を固まらせている。
 「……なんてね! こういういかにも変人っぽいのを期待してたらごめんね、僕はわりと普通だよ〜」
 顔を上げたシュヒはにっこり笑って、両手をひらひら振った。
 「せ、センパイ、もしボクの言うことが気にさわっていたらすみません……ジョークが過ぎます」
 「ええっ? リロイ、ツイヴェルン、ごめん……」
 問題ない、と頷くツイヴェルン。マッシュポテトを口に運ぶと、ねっとりした風味が口内に広がる。
 「わたしは……連邦にいた頃のこと覚えていないから、帰る場所、欲しかた。でも、シュヒさんやリロイさんといっしょにいて、楽しかった。……しばらくのあいだだけは、ここを、帰る場所にしたい。わがままか」
 「ううん! 大歓迎だよ。ねえ、リロイ!」
 「……わたしは、連邦の人間。こわくないか」
 「まさか! 僕はきみが中国人でもブラジル人でもケニア人でも接することになんの恐れもないし、犬が好きだろうがエビフライが好きだろうがまったく気にしないよ」
 シュヒはそう言って、へらっと笑った。
 「いぬ。いぬはかわいい」
 ツイヴェルンの反応に、シュヒが顔を輝かせる。やっと会話の糸口を見つけたとばかりに、
 「ツイヴェルン、もしめちゃくちゃカワイイポメラニアンが目の前にいたらどうする?」
 「かわいい、よい、なでる」
 「じゃあ、もしめちゃくちゃカワイイコーギーが目の前にいたらどうする?」
 「よい。すき。なでる」
 「じゃあー、もしめちゃくちゃカワイイチワワが……」
 リロイは両手で机を叩いた。嘆息してジト目になって、
 「センパイ、話の広げ方がワンパターン過ぎます……おねーさん困ってますよ」
 「え!? ご、ごめん……!」
 「問題ない。わたし、話す、すきだ」
 「お話になってないです~っ!」
 リロイの突っ込みに、ツイヴェルンは微笑んだ。
 シュヒが空いた皿を片付けようと席を外す。ツイヴェルンはマッシュポテトの妙な風味を感じながら、小声で、
 「そういえばリロイ、シュヒさんの『罪』を知るか?」
 「ええと、センパイの罪……? センパイがおねーさんに仰っていたのですか?」
 リロイはあからさまに眉を顰めた。その様子にも気付かず、ツイヴェルンは頷く。
 「シュヒさんに青年なころ犯した罪で彼は罪人になり、飼い殺しの補佐課ができたと。けど罪状は教えてくれなかた」
 ツイヴェルンが言葉を重ねるたび、リロイの顔色がどんどん青ざめていく。
 「そんな……それは……そんなこと、センパイがおねーさんに仰ってたんですか!? 罪状については何と!?」
 「それは教えてくれなかた。苦い顔で『聞かないほうがいい』とだけ」
 「聞かないほうが……いい……? シュヒさんの罪が……シュヒさんが……」
 固く握られた小さな拳が震えている。リロイの顔はすっかり色を失っていたが、かすかに唇が蠢き、
 「……ごめんなさい。帰ります。ボク」
 「ほう。暗いから、気をつけて。また」
 駆け出したリロイのショルダーバッグが本棚に当たり、伏せられていた写真立てが落ちるが、彼女は振り向かないままワンルームを出て行ってしまった。
 残されたツイヴェルンはフレームを拾い上げる。10歳くらいの少女が微笑んでいた。シュヒとは似てもつかないきれいな顔立ちだが、陰鬱な雰囲気だけは共通している。妹だろうか?
 床にはさらに、写真立ての下に一緒に置かれていたらしい白い封筒も落ちていた。すでに開封済みのようで、不似合いなファンシーな柄の便箋が床にはらり広がっている。拾おうとかがんだツイヴェルンは、とんでもないものを目にした。

 ――シュヒさんへ。
 このまえおとうさんから、あたしはおとうさんの子どもじゃないときいたの。シュヒさん。どうしてあたしをこの世に生んでおいて、ほったらかしにしているの? あたしが『つみのこ』だからいけないの? あたしはあなたの娘なんでしょ? 私の親はシュヒさんだけだよ。
 あたし、あなたにあいたい。
 お返事ください。

 ――これは……?
 不意に力の入った指が便箋を折り、べり、と微かな音を立てた。
 末尾に署名がないのはきっと、手紙のマナーも知らないこの子が養父に内緒で手紙を出したからだろう。多少の自由を犠牲にしてでも、秩序と安寧を守る機構都市では、個人間通信はすべて監視されているらしいが、アナログなこの手紙にはトレーサビリティが存在しない。誰が書いたのか。娘の名前は。
 ツイヴェルンはそこで、他人宛ての手紙を盗み見る自分に気づき、便箋を封筒に押し込んで、何事もないように置いておいた。これは見てはいけないもので、見たことを言うことすらきっと許されない。
 「あれ、リロイは? って、ツイヴェルン、何してるの?」
 シュヒは、金の目線を乱れた本棚に滑らせる。表情が一瞬で凍りついた。
 「……昨夜、部屋の中の物は勝手に弄らないでって言わなかったかな」
 「いった。これは、リロイがぶつかって」
 「……ああ、……そう。……疑ってるわけじゃないけど、それだけはさわらないでね。本当に」
 その台詞を吐いたシュヒの顔は暗く歪んでいた。
 「問題ない」
 ポーカーフェイスを保つ。シュヒは白い封筒を数秒、翳った水のような視線で見つめてから、丁寧に引き出しに仕舞い直した。
 ツイヴェルンは、シュヒがふとした瞬間に見せる底知れぬ影を見るたび、彼が『普通の人間』であることを再度突きつけられる。ウェブコマースをひっつけて歩く28才である限り、ツイヴェルンは彼のプライベートに介入することは許されない。
 ただ、リロイが中身を見なくて良かった。体を再度椅子に預けるが、ツイヴェルンでさえ妙な動悸がやまない。
自分が傍で眠っていてもリロイが甘えてきてもさらりと流す、女っけのないシュヒに娘がいる。16歳で子どもができたことまではわかる、しかし、作ることが罪とは? 同意の上での妊娠ではなかったのだろうか。そんな人柄には見えないが……。
 ツイヴェルンはそこで、自分の右手の人差し指がしきりに机を叩く音を聞いた。状況だけでなく自分の体すら思い通りにならない。湧き出る濃紺の感情に、何と名前を付けたらいいのか分からなかった。
 口にする食事は、さっきまでと違ってなんの味もしなかった。

 淡赤の瞳に映るのは、部屋を出た小柄な金髪。調べたとおり見かけはただの子どもだ。きっと今頃、シュヒの罪状や態度についてあれこれと思いを巡らせているんだろう。
 「あれがリロイね」
 スコープから目を離して、彼女は舌なめずりしてみせた。
 白いコート、真っ白な帽子に白のロングブーツを履いた姿は雪景色によく溶け込んでいた。ピンクブロンドのツインテールが激しい夜風でひらめいている。目鼻立ちは整っており、間違いなく美少女といえるだろう――この殺気さえなければ。
 けしかけたストックトン達はどうしようもない無能だったが、あいつらのおかげで機構都市の手の内も少しは明らかになった。ここでスナイパーライフルを持ち出そうものなら、機構都市の手品やシュヒの身体能力にしてやられていただろう。そもそも遠方狙撃など悪役の美学に反する! 連邦は愛しい国だが、計画はどうにも美しくない。
 「しっかし、ツイヴェルンもあのバカ共と居るってのは驚きね! なんか打ち解けてるし。どっちにしろ、全員アタシが殺すからいいんだけど!」
 彼女は立ち上がり、両手を腰に当ててにんまり笑った。
 「シュヒ=ロウ、ヒーロー気取りのバカ野郎に、平和で安泰な世なんかこの街には望めないって教えてあげなくちゃ――それこそが、ヴィラン気取りのアタシのお仕事でしょ?」

 

ありがとうございました!

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