トーヤの創作メモ

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【ライトSF】窓際ヒーローズ

 あらすじはこの記事から。

 

窓際ヒーローズ 1-1

 

 快適な室温に慣れきった身体では、雪の一夜すら越せない。白く変わる吐息を眺め、元々崩れている悪人面をさらに歪ませた。緊張の一瞬。全身の筋肉に意識を集中させ――轟音。
 「動くな! 国務警察だ!」
 できるだけ低い声で、眉根を詰めて。教わったとおりに、薄汚れた木扉を蹴破り室内に押し入った。カーペットすらない部屋の中心には禿頭の白人男性が一人佇み、呆然とこちらを見つめている。シュヒは拳銃を構えながら凄んだ。
 「いいか、動くなよ! それとも耳の穴をもう一つ増やしたいか!」
 男は狼狽え、両手を上げた。シワの刻まれた目元が、眼前の青年を注意深く映す。
 年の頃は二十歳と少し、傷んで癖のある黒髪、国務警察のエンブレムが付いた黒のジャンパーに黒のパンツ。唯一特徴的なのは目だ。げっそり隈に彩られた瞳は、黄水晶を思わせる、派手な金色をしている。男は喉仏を鳴らし、硬直した。
 一方のシュヒは、男の背後を鋭く見据えていた。
 モルタル剥き出しの部屋に家具はない。代わりに大量のケージが所狭し、城塞を作るかのように積み上げられていた。細い金網の向こうには、大きさも容貌もさまざまの『宝石』がわんわんと鳴き散らかしている。
 本物の犬だ。
 やっぱりね。心中で呟き、金の瞳をいたずらに細める。
 「この犬を管理してるのは君か?」
 「あんたこそ、こんな深夜に何の用だ?」
 質問に疑問符で応えてくる男。シュヒの腕章を一瞥し、彼はさらりと続ける。
 「落ち着けよ、犬を売るなって話だろ? でもよ、都市部では安く犬を買いたいやつがいるんだよ。需要と供給さ」
 やはり、犯罪行為の自覚はあったらしい。シュヒは呆れて物も言えない。
 しかし、男の主張する状況が実際に起こっているのも事実だった。ここ数年所得格差は開くばかりで、ペットを買う余裕のある家庭の減少。また、排泄や去勢、もろもろの世話賃がかかる『本物の』犬の人気下降。ブリーダーは次々と廃業し、わずかに残る血統書付きは値段を吊り上げた。
 そこに目をつけたのが、郊外に住む低所得者だった。捕まえた野良犬に偽造血統書を付けて売る。シュヒはこの件の摘発を担当していた。
しかしよく見ると、一見流暢な男の台詞には汗がにじんでいた。シュヒは彼を追い詰めようと口を割った。やや震える声も緊迫感の演出になる。
 「軽く言うけど、文書の偽造は重罪だよ! 犬一匹以上に、情報一個の価値が吊り上がっている」
 「庶民の手で経済を回してるだけさ。神様もいねぇんだから、神の見えざる手なんて旧市街にはありゃしねぇよ。金のためなら何だってするのが、自然な人間だろ」
 「裏マーケットじゃお役人には金が落ちてこない。君たちが金のために手段を選ばないのなら、こちらも同じだよ」
 余裕ぶって肩をすくめた。男は予想通り、挑発に乗ってぶるぶると肩を震わせる。場を掴んだ、シュヒは確信した。
 「そりゃあ二十年前なら良かったさ。この地区には昔、ディスプレイの生産工場があった。でも、空間投影技術が発達したもんだから、工場は閉鎖、俺はリストラされた! 結局技術の恩恵は全部、都市部の奴らが持っていきやがったしな。都市部ばかり開発、開発」
 男の恨み節の内容は、シュヒもよく知っていた。仕事でよくうろつくこの辺りは、低所得者の住まう街となり、犯罪発生率は右肩上がり。それでいて、警察は犬探しに公費を投じてるんだからばかばかしい。その金をこの街の雇用創出にでも使えばいいのに……。
 同情の気が彼にも伝わったのだろう、男は一転して恭しく頭を下げた。か細い声で、
 「こっちにも生活がかかってる。どうにかならないか」
 薄汚れた掌が、シュヒの片手を包み込む。離した後、手の中には――古びた紙幣が五枚。男の縋るような目線を、シュヒは瞬きで断ち切った。冷たい声音で、
 「裁判費用の前払いとは殊勝だね。でも都市部じゃ電子決済が主流なんだ」
 「な……」
 シュヒはおもむろにライターを取り出し、紙幣の角に炎を近づけた。
 「現ナマは時代遅れだよ」
 炎は紙幣を包み込み、あっという間に舐め削り始めた。紙幣はしなり、ひしゃげ、妖艶に溶け落ちる。白と橙を纏ってうねる姿は、まるで別の生き物のようである。
 「お、お前ッ、俺の金を…………!」
 絶句する男を片手で静止する。
 やがて炎はクライマックスを迎え、這った後には黒い花が咲いた。背後から舌打ちが聞こえる。
 「国務警察なんて言うが、たかが犬泥棒にご苦労なこった。給料ドロが!」
 男の目には、紛れもない侮蔑の感情が含まれていた。
 国務警察本部といえば高給取りのエリート職、肩書きだけで周囲から羨望の目で見られる。――補佐課以外は。名前の通り、補佐課の腕章は閑職の印。専ら郊外に出向き、いまの犬事件のようにくだらないヤマばかりを扱わされる。
 しかし、僅かながらに残された誇りを踏み躙られ、いい気持ちがするわけもない。
 「僕は窓際で、君は日陰者だ。それだけさ」
 シュヒは、ロボットに連行されていく男の背に向け吐き捨てた。

 ことを終えたシュヒは、男の部屋から出る。安アパートは男の所有物で、大量の犬を無計画に繁殖させていたらしい。中には栄養状態の悪い個体も散見された。
 どっちにしろシュヒは、犬のケアや証拠の捜索を同時にできるほど器用ではない。懐から、いくつかの立方体を取り出した。十センチ四方の白い箱を床に放ると、角が青白く輝く。
 『捜索システムを起動します』
 「うん、うん」
 人工音声に生返事を返す。立方体は床から五センチほど浮き上がって、部屋を出ていった。
 曇る窓の外は、人工的な光が、夜空からビル群の輪郭を切り取っていた。温度調節システムもない極寒の中、身震いを激しくする。肌のあちこちがぴしぴし軋む。シュヒはジャンパーの上からその身を抱き、廊下の壁に背中を押し付けた。そのままずるずるとしゃがみ込む。

 『そりゃあ二十年前なら良かったさ』――。男の言葉を噛みしめる。確かにたった二十年で、世界はあまりにも様変わりしてしまった。
 元凶はシュヒが生まれる前に遡る。アジアの小国で開発された薬を巡って、二大国陣営の対立が復活してしまったのだ。結局薬のレシピは闇に消えたが、前世紀の遺物はあっという間に世界を飲み込んで、これまでにない不景気が始まった。
 発展が行き詰まると、公共事業が起こるのは経済政策の常だ。移民が溢れ格差が広がる合衆国も例外ではない。二十年前、時のリーダーは海上を埋め立て、科学研究開発の拠点となる新たな州――『機構都市』を建設した。六つの巨大な建造物が円状に連なる、人工的でしかし美しい風景。世界は喝采した。

 だがその程度で、長らくこの国に積み上がってきた格差がなくなるはずもない。

 シュヒが住むダウンタウンと、ここ旧市街との経済的格差・貧困は解消されない。知的技能を持たない労働者の地位は低く、生産性のない老人などは郊外に追いやられている。生産性。その言葉の上に、市民は全く無力だ。
 「僕、やっぱりこの仕事に向いてないのかもなぁ」
 ため息とともに弱音が漏れる。
 シュヒはおもむろに、拳銃をこめかみに押し当てた。髪の間を縫って脳天に密着させ、喉仏を浅く蠢かせる。そのまま引き金に指を掛け、引いた。
 沈黙が続く。
 瞬間、シュヒの眼前に薄い板が出現した。手のひら大ほどのそれは、一瞬白く光ったかと思うと、どこかの部屋の風景を映し出した。

 映っているのは、燃えるような赤毛が特徴的な青年。整った顔立ちが背後のディスプレイ光に照らし出され、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。彼は笑った。
 『玩具で遊んで良いのは子どもまでだよ! シュヒくん』
 「アダルトチルドレンなので」
 死んだ魚の目のまま、彼から聞きかじった言葉を返す。
 そもそもシュヒは武闘系ではないし、手に持つ銃はただのモデルガンだ。ダウンタウンではとっくの昔に実銃は廃止されているが、郊外は技術革新の波に取り残されているので、田舎者への威嚇には古臭いグッズが必要なのである。
 そして、この画面に映る青年こそ、シュヒの上司・レトルトだった。
 『開き直るとは君らしくない。サツキ病?』
 ゴガツでは? とシュヒが指摘すると、レトルトは拗ねてスナックを口に運んだ。懲りない上司に、シュヒは額を押さえて俯いた。五月どころか晩冬ですって。
 服の汚れを払ううち、画面の向こうのレトルトが口を割る。
 『程々にしておいてくれよ。賄賂を受け取らなかったのは偉かったし、ノルマは無事達成された。祝杯をあげようじゃないか』
 上司に監視されている傍から賄賂なんてこっちが逮捕されてしまうのに、何言ってんだクソ上司。とはいえ、燃やしちゃったのはちょっとやり過ぎだったかなあ!?
 『声出てるぞクソ部下』
 「たかが犬事件くらいで祝杯あげてちゃ世話ないよ……。国務警察、なんて御大層な名前を背負ってるんだから、もっと市民の生活を心配できればいいんだけど」
 『俺が心配してるのは、君の彼女いない歴イコール年齢なことぐらいだ』
 「その心配はいらないわ!」
 空中に投影された通話画面を、右手で叩き割る。すると左側に新しい画面が展開された。映るレトルトは暇そうに菓子を摘んで、
 『いいじゃないか、機構都市に大きな犯罪なんてないんだから! あったとしても俺らには回って来ないよ』
 「郊外の治安は放置、都市に害がありそうな案件はしょぼい補佐課に一任。これじゃ権力の犬だ……」
 シュヒがため息を漏らすと、画面の向こうのレトルトがニヤッと笑った。
 『権力の犬がお上に不満を吐くものじゃないよ。飼い殺されるのって背徳的でゾクゾクするだろ?』
 「こ、この上司気持ち悪い! 僕もうここ辞めたい!」
 『君さえ辞めれば、補佐課がなくなるから大歓迎だ。さ、とっとと捜索を終えて、本部に帰ってくれたまえ』
 レトルトは、赤髪を人差し指で弄びながら言い放つ。真っ暗になった画面がぱっと掻き消えた。クソ上司め!
 一応管理職で、そのうえドMを自称するクソ上司にはいい環境かもしれないが、シュヒにとっては話が別だ。こちらは左遷された先でしょうもない仕事を続けて、そのくせ給料までしょうもない! レトルトらしく言えば、自己効力感のない毎日だ。
 そこでシュヒはふと、捜索マシンの通知に目をやる。犬、コイン、毛布――押収という名の回収を果たしたモノの一覧。それを目で追う内――シュヒは違和感に声を上げた。
 『人間』
 人間? シュヒは眉根を寄せた。
 レトルトから聞いた話では、男は単独犯のうえ、このアパートは犬の飼育用のため、他に出入りしている人間はいなかったはずだが。恐らく犬の生体反応の誤検知だが、警戒に越したことはない。シュヒは震える足を叱咤する。
 「ゼロ、対象の位置データを」
 パネルにアパートの間取りが表示され、屋上に続く階段に赤い印が灯っていた。
慌ててそちらを見やるが、人の気配はない。コンクリートの階段に、乾いた靴音が響く。
 「……これだよね?」
 屋上へ続くドアに、誰かがもたれかかっている。変色した血が周囲にぶちまけられており、鉄っぽい嫌な匂いが充満していた。手で口を覆いながら、シュヒはその黒い影に恐る恐る近づいた。
 まず目に入ったのは鮮やかな赤、そして透き通った白。そして、その輪郭を掴みきってやっと、シュヒは鋭く息を飲んだ。
 (え、えぐい……!)

 

 1-1 終

お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m

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まだまだ拙いですが頑張って書いていきます。

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